警備業の売上構造は「公共」と「民間」の2軸に分かれ、公共案件は業界売上の重要な柱です。国・自治体・独立行政法人・国立大学法人などの公共発注は原則として「入札」で決定されるため、警備業を語る上で 公共入札の仕組み理解は避けて通れません 。
本記事では、公共入札の3類型・発注者別の実態・予定価格の仕組み・落札価格の構造・低価格入札問題を、公開情報の範囲で整理します。
1. 公共入札の3類型
公共案件の発注方式は、会計法・地方自治法により以下の3類型に分類されます。
一般競争入札
発注者が告知した資格要件を満たすすべての事業者が応札可能 な方式。透明性・競争性が最も高く、原則として最低価格落札方式(予定価格以下で最も低い価格を提示した事業者が落札)が採用されます。国の大規模案件・自治体の主要案件で用いられます。
一方、価格競争が起きやすく、後述する「低価格入札問題」の温床にもなります。
指名競争入札
発注者が指名した事業者のみが応札可能 な方式。地元事業者優先・実績重視の観点から、自治体の中小規模案件で多く採用されます。指名から外れると案件獲得機会がないため、地方の警備会社は自治体との継続関係構築が重要になります。
随意契約
発注者が特定の事業者と直接契約 する方式。緊急性・特殊性・技術的専門性など、法令で定められた条件を満たす場合のみ適用可能です。警備業では、原子力施設警備・空港保安警備・特殊技術を要する現場などで用いられるケースがあります。原子力警備の市場構造は原子力施設警備の市場で整理しています。
2. 発注者別の入札実態
公共発注者は複数の層に分かれ、それぞれ入札の運用が異なります。
国土交通省・国交省地方整備局(工事現場)
道路・河川・トンネル工事現場の交通誘導警備が中心。設計労務単価に準拠した予定価格が設定され、案件規模により入札等級(A〜D)が指定されます。継続案件(同一路線・同一工区の年度更新)は指名競争入札や随意契約となるケースも見られます。
都道府県・市区町村(庁舎・施設・イベント)
庁舎警備・公立学校警備・公営イベント警備が中心。地元事業者優先が実質的に働きやすく、地域中堅の警備会社にとって主要な収益源になります。多くの自治体で電子入札システムが導入されており、電子入札への対応が参加条件になっています。
独立行政法人・国立大学法人
研究機関・国立大学の施設警備。契約期間は多くが1〜3年で、警備員配置人数・時間帯・教育要件が細かく定められる傾向があります。
特殊法人(NTT・JR・NEXCO等の準公共案件)
厳密には公共入札ではありませんが、準公共案件として同様の入札形式が採用されます。案件規模が大きく、上場3社(警備業界 全体マップ 2026 参照)が中心的に応札します。
3. 予定価格と落札価格の仕組み
予定価格はどう決まるか
予定価格は発注者が「積算基準」に基づき算出します。警備業では、以下の項目を積み上げます。
- 直接労務費:警備員配置人数 × 業務時間 × 労務単価
- 諸経費:現場管理費・一般管理費・法定福利費
- 消費税
労務単価は、国土交通省「公共工事設計労務単価」の交通誘導警備A・Bを基礎とし、地域補正・時間外補正を加えます。単価の詳細と都道府県別の値は47都道府県別 警備労務単価インデックスで確認できます。
落札価格の構造
一般競争入札では、応札者が予定価格以下で最も低い価格を提示した事業者が落札します。ただし、以下の条件があります。
- 最低制限価格:予定価格の 70〜85% 程度で設定される最低ライン。この価格を下回る応札は失格。
- 調査基準価格:予定価格の 80〜90% 程度。この価格を下回る場合、発注者が「適正な履行が可能か」を調査(低入札価格調査)。
つまり、落札価格は「最低制限価格 〜 予定価格」のレンジに収まるのが通常です。
落札率の実態
落札率(落札価格 ÷ 予定価格)は概ね 70〜100% のレンジ で推移します。100% に近いほど競争が緩く、70% に近いほど価格競争が激しい状態です。警備業の場合、地域・案件規模により大きな幅があります。
4. 低価格入札問題と業界への影響
労務単価上昇と落札価格のギャップ
労務単価は8年間で+38.2%上昇(警備労務単価8年で+38.2%上昇)していますが、公共案件の落札価格が同ペースで上昇しているとは限りません。この 単価上昇と落札価格のギャップ が、業界の収益を圧迫する構造要因の一つです。
業界の倒産件数増加との関連
業界の倒産件数は2025年上半期に過去最多水準 に達しました(警備業の倒産が過去最多|2025年上半期16件)。TDB調査では、倒産事業者の相当数が「人手不足」「原価高騰」を要因として挙げており、公共案件の低価格入札が経営を圧迫する構造的要因の一つとして分析可能です。
発注者側の対応
近年、国・自治体は「品質確保」「価格ダンピング防止」の観点から、以下の対策を段階的に導入しています。
- 総合評価落札方式:価格だけでなく、警備員教育・過去実績・現場管理体制を評価に加算
- 最低制限価格の引き上げ:予定価格の 70% → 80% など
- 賃金水準の要件化:警備員の実賃金が労務単価に準拠していることを契約条件に
ただし、これらの対策の運用は発注者により差があり、業界全体で見た効果は限定的という見方もあります。
5. 中小警備会社の公共入札戦略
規模の大きい一般競争入札では上場3社・準大手が有利ですが、中小警備会社にも以下の戦略があります。
- 指名競争入札の枠:地元自治体との継続関係構築、地域密着型の実績積み上げ
- 随意契約の枠:特殊業務(イベント・催事・臨時対応)の対応力
- JV(共同企業体)参加:大規模案件で元請と組み、案件経験を蓄積
- 等級アップの計画的取得:経営事項審査の総合評点を計画的に引き上げる
これらの戦略の詳細は中小警備会社の差別化戦略で整理しています。
6. 業界の課題と論点
公共入札は業界の主要な収益源である一方、低価格入札が末端の警備員賃金を圧迫する構造要因にもなっています。労務単価と落札価格のギャップをどう縮めるかは、業界持続可能性の中心的論点です。
主要な論点は以下の通りです。
- 賃金水準の適正化:発注者側での「賃金水準要件化」の実効性
- 総合評価方式の拡大:品質重視発注をどこまで浸透させられるか
- 業界団体の役割:全国警備業協会・都道府県協会による発注者への働きかけ
- DX投資による原価削減:管制SaaS・AI画像解析導入による現場効率化(警備業SaaS 5社比較)
7. 出典・参考データ
- 財務省「予算・決算・会計に関する制度」: https://www.mof.go.jp/policy/budget/index.html
- 国土交通省「公共工事設計労務単価」: https://www.mlit.go.jp/
- 総務省「地方財政の在り方」: https://www.soumu.go.jp/
- 警察庁「令和6年における警備業の概況」: https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/keibigyou/index.html
8. 警備ラボの関連レポート
- 警備業界の元請・協力会社構造|下請単価の実態 — 公共入札の後段にある多層下請構造
- 警備業界 全体マップ 2026 — 業界全体の4階層構造
- 47都道府県別 警備労務単価インデックス — 予定価格の基礎データ
- 警備労務単価 8年で+38.2%上昇 — 単価の長期トレンド
- 警備業の倒産が過去最多 — 低価格入札の帰結
- 中小警備会社の差別化戦略 — 中小の入札戦略
- 警備入札仕様書の読み解き方 — 発注者側の視点
編集部の見立て:公共入札は業界の主要な収益源であると同時に、業界の構造課題(低賃金・多層下請・倒産増)の遠因でもある両義的な仕組みです。発注者側の「価格重視発注」と業界側の「価格転嫁困難」の綱引きの中で、業界の持続可能性は「品質評価をどこまで数値化できるか」「賃金水準要件化の実効性をどう担保するか」にかかっています。警備ラボとしては、公共案件データを継続的に整理し、業界の議論を促す提言を発信していきます。